平成9年2月10日より
経済コラムマガジン



99/5/17(第115号)


経済の構造改革
  • 構造改革と言霊
    昔、「日本は言霊(ことだま)の国」と指摘する文章をある雑誌で読んだことがある。言霊とは言葉に魂が宿っていることである。言葉には霊力がこもっており、極端な場合には、その言葉について話をすることさえ憚られる。
    良い例は「憲法」である。長い間議論することさえタブーであった。そしてよく分からないのは「護憲」と言う言葉であり、「護憲派」と言う人々である。「護憲」と言いながら、実際は憲法の改訂に反対することである。しかし憲法には改訂の手続きの規定もあり、改訂されることも有りうるとして憲法は制定されている。それにもかかわらず、「護憲派」の人々は改訂そのものに何がなんでも反対すると言うのだから理解できないのである。
    外国の例では、各国とも時代とともに実態に合わなくなった憲法は次々改訂されている。英国のように憲法そのものがない国もある。日本のように「憲法」を「不磨の大典」あるいは「絶対不可侵の存在」と捉えている国はめずらしい。「憲法」をなにか天から授かった教典と間違っているのである。このように「憲法」と言う言葉に「言霊」を感じている人々は実に多い。これらの人々にとって、民主主義より「憲法」の方がずっと大切なのである。
    日本人は、同様に「改革」と言う言葉にも弱い。「改革」に反対する者は「守旧派」として各方面から糾弾される。数年前の「政治改革」騒動の時もそうであった。「政治改革」が結局選挙制度の変更と分かってからも、「小選挙区制」に反対するものは「守旧派」とレッテルを張られ、マスコミの非難を受けた。これらの政治家が発言しようとすると、司会者は、「その話はもう終わった」と発言をさえぎるテレビのシーンもあった。
    最近ようやく「小選挙区制」について色々問題点が指摘されている。あの「政治改革」騒動は何であったかと言う感である。もっとも今問題になっている重複立候補などの問題は瑣末なことである。筆者が注目するのは「小選挙区制」による政治家の質と行動の変化である。2年前に財政改革法がほとんど議論なくすんなり決まったのを見ていると、政治決定に選挙制度の変更が大きく影響していると筆者は考えている。財政改革法は成立後すぐに機能停止となったとんでもない法律である。与党が変わっていないのに、このようなことが起こるのは世界中を探してもとてもない事態である。このようなことが起こるのも、自民党では執行部の力が強くなり、末端の声が吸い上げられない状態になっているのからである。しかしこの傾向は危険である。官僚が有力政治家を丸め込めば、官僚主導の「思いつき政策」が次々実行されることになる。今回の「サマータイム」法案の行方にも注目される。これは議員立法の形をとっているが、実際は官僚の関与が大きい法律である。このまま強引に「サマータイム」を実施し、国民の反感を買えば、また政権を失う危機に陥ることを、自民党は本当に分かっているのであろうか。しかしこの問題についてはまた別の機会に述べることにし、話を元に戻す。
    今日、「改革」として話題になっているのが「経済の構造改革」である。マスコミに登場する多くのエコノミストは、「今回の不況は、従来の財政支出を中心とした政策では回復は無理であり、経済の構造改革が必要である」とさかんに発言している。「改革」と言う言葉に弱い国民は、それで何となく納得しているのである。
    しかし言われている構造改革の中身について正しく理解しているわけではない。実際、構造改革の意味合いも時代とともに変わっている。バブル前は構造改革は「内需依存型の経済の実現」であり、次の円高時代には「産業の高付加価値化」であった。実現の可能性は別に、スローガンとしてはこれらは一応納得できるものであった。ところが今日主張されている構造改革は「過剰設備の廃棄」や「人員のリストラ」である。筆者には、どうしてこれが景気回復の条件となるのかとても理解できないのである。

  • 構造改革の歴史
    これは本誌でも以前に述べたことであるが、簡単には変わらないから構造と言うのである。丁度、人の性格みたいなものである。つまり構造を改革すると言うことは、人の性格を変えると言うことに等しい。したがって経済の構造改革を行わなくては景気回復がないと言うことは、景気回復はほとんど無理と言っていることになる。むしろ筆者は、景気対策は現在の日本の経済構造を前提に行うべきと考えている。
    日本は、共産主義国家や独裁国家ではないのであるから、政府が主導して構造を改革すると言う考えそのものがおかしいと筆者は考える。しかし、日本ではこれまで経済構造が大胆に変って来た。戦前の農業と軽工業中心の産業構造から、戦後は重工業、さらにはハイテクへと大きく変わったのである。人も農村から都市へ「民族の大移動」を行った。日本ほど急速に都市化が進んだ国はない。高度成長も経済の構造が変化したから可能であった。逆に経済が高度成長だったからこそ、痛みを最小に構造変化が可能だったのである。ここは非常に大切なポイントである。
    しかしこのような経済の構造の変化も、政府が主導して行ったわけではない。終戦後、外地から大量の人々が本国に戻って来た。政府はこれらの人々の一部を旧国鉄などに斡旋したが、とても職は足りなかった。次に政府が進めたのは移民である。中南米などへの移民政策を積極的に進めた。しかし、朝鮮戦争の特需やその後の高度成長により、日本経済構造は様変わりした。地方から都会への人も移動した。これも人余りから一転して、都会が人手不足の状態になったからである。そしてこの構造変化は、けっして政府が作ったシナリオでなったわけではない。筆者は、この高度成長は日本人の持っていた潜在能力や戦前から蓄積した技術力により実現したと考えている。たしかに米国などから新しい技術を導入したが、それを消化し、製品化を行い、先進工業国となったのも、教育など、目に見えない戦前からの蓄積があったからと考えている。
    官僚は、高度成長は自分達がシナリオを作ったと言いたいだろうが、これは思い違いである。むしろ「本田」など、政府の言うことを聞かなかった企業が成長したのである。反対に政府の管理に従った銀行などは今だに日本経済にとってはお荷物である。政府の経済成長への寄与はインフラの整備などに限定されている。政府が強力に経済を主導したのは明治の時代までと戦時経済だけと筆者は考えている。高度成長期以降は、社会の安定を名目にむしろ衰退産業を保護することが政府の役目であった。
    筆者の主張は、経済の構造改革は、政府の主導で起こるのものではなく、もっと自然発生的なものであると言うことである。技術の進歩や新しい機軸の導入で経済の構造改革は起こるのである。為替レートの大幅な変動や交通インフラの整備なども産業構造を変化させる。例えば「新幹線の開通」により、名古屋が東京からの日帰り圏内になるため、企業は名古屋の支店を営業所に格下げを行ったケースがありうる。また石油が廉価になったため、石炭が売れなくなり、産炭地の地盤沈下が起こった。これにより全国各地に石油コンビナートが生まれた一方で、旧産炭地は一気にさびれた。これらも一種の経済構造の変化の例であるが、決して政府が意図を持って行ったことではない。つまり経済の構造改革のメカニズムは経済の動き自体に組み込まれているのである。
    ところが最近「不況克服のため、経済の構造改革が必要」とまた訳の分からないことを主張するエコノミストがぞろぞろ登場してきた。今回の構造改革は「過剰設備の廃棄」と「過剰人員の整理」と言うことらしい。これは民間が行うことであり、政府が主導して行えることではない。むしろこれをどの企業も実行すれば、さらに景気は悪くなると筆者は考える。続きは来週号で述べることにする。

来週号では、最近の「需給ギャップの解消しなければ景気回復はない」と言う奇妙な考えに反論したい。
原油価格が上昇している。原油価格の動向はしばらく経済に影響が小さかったが、多少注目すべき事態ではある。この影響で米国の物価も上昇傾向である。筆者は、これ以上原油価格は上昇しないと見ているが、どの水準で安定するか一応注目している。機会があれば原油価格と経済について本誌でも取り上げたい。



99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

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