- 構造改革と言霊
昔、「日本は言霊(ことだま)の国」と指摘する文章をある雑誌で読んだことがある。言霊とは言葉に魂が宿っていることである。言葉には霊力がこもっており、極端な場合には、その言葉について話をすることさえ憚られる。 良い例は「憲法」である。長い間議論することさえタブーであった。そしてよく分からないのは「護憲」と言う言葉であり、「護憲派」と言う人々である。「護憲」と言いながら、実際は憲法の改訂に反対することである。しかし憲法には改訂の手続きの規定もあり、改訂されることも有りうるとして憲法は制定されている。それにもかかわらず、「護憲派」の人々は改訂そのものに何がなんでも反対すると言うのだから理解できないのである。 外国の例では、各国とも時代とともに実態に合わなくなった憲法は次々改訂されている。英国のように憲法そのものがない国もある。日本のように「憲法」を「不磨の大典」あるいは「絶対不可侵の存在」と捉えている国はめずらしい。「憲法」をなにか天から授かった教典と間違っているのである。このように「憲法」と言う言葉に「言霊」を感じている人々は実に多い。これらの人々にとって、民主主義より「憲法」の方がずっと大切なのである。 日本人は、同様に「改革」と言う言葉にも弱い。「改革」に反対する者は「守旧派」として各方面から糾弾される。数年前の「政治改革」騒動の時もそうであった。「政治改革」が結局選挙制度の変更と分かってからも、「小選挙区制」に反対するものは「守旧派」とレッテルを張られ、マスコミの非難を受けた。これらの政治家が発言しようとすると、司会者は、「その話はもう終わった」と発言をさえぎるテレビのシーンもあった。 最近ようやく「小選挙区制」について色々問題点が指摘されている。あの「政治改革」騒動は何であったかと言う感である。もっとも今問題になっている重複立候補などの問題は瑣末なことである。筆者が注目するのは「小選挙区制」による政治家の質と行動の変化である。2年前に財政改革法がほとんど議論なくすんなり決まったのを見ていると、政治決定に選挙制度の変更が大きく影響していると筆者は考えている。財政改革法は成立後すぐに機能停止となったとんでもない法律である。与党が変わっていないのに、このようなことが起こるのは世界中を探してもとてもない事態である。このようなことが起こるのも、自民党では執行部の力が強くなり、末端の声が吸い上げられない状態になっているのからである。しかしこの傾向は危険である。官僚が有力政治家を丸め込めば、官僚主導の「思いつき政策」が次々実行されることになる。今回の「サマータイム」法案の行方にも注目される。これは議員立法の形をとっているが、実際は官僚の関与が大きい法律である。このまま強引に「サマータイム」を実施し、国民の反感を買えば、また政権を失う危機に陥ることを、自民党は本当に分かっているのであろうか。しかしこの問題についてはまた別の機会に述べることにし、話を元に戻す。 今日、「改革」として話題になっているのが「経済の構造改革」である。マスコミに登場する多くのエコノミストは、「今回の不況は、従来の財政支出を中心とした政策では回復は無理であり、経済の構造改革が必要である」とさかんに発言している。「改革」と言う言葉に弱い国民は、それで何となく納得しているのである。 しかし言われている構造改革の中身について正しく理解しているわけではない。実際、構造改革の意味合いも時代とともに変わっている。バブル前は構造改革は「内需依存型の経済の実現」であり、次の円高時代には「産業の高付加価値化」であった。実現の可能性は別に、スローガンとしてはこれらは一応納得できるものであった。ところが今日主張されている構造改革は「過剰設備の廃棄」や「人員のリストラ」である。筆者には、どうしてこれが景気回復の条件となるのかとても理解できないのである。
- 構造改革の歴史
これは本誌でも以前に述べたことであるが、簡単には変わらないから構造と言うのである。丁度、人の性格みたいなものである。つまり構造を改革すると言うことは、人の性格を変えると言うことに等しい。したがって経済の構造改革を行わなくては景気回復がないと言うことは、景気回復はほとんど無理と言っていることになる。むしろ筆者は、景気対策は現在の日本の経済構造を前提に行うべきと考えている。 日本は、共産主義国家や独裁国家ではないのであるから、政府が主導して構造を改革すると言う考えそのものがおかしいと筆者は考える。しかし、日本ではこれまで経済構造が大胆に変って来た。戦前の農業と軽工業中心の産業構造から、戦後は重工業、さらにはハイテクへと大きく変わったのである。人も農村から都市へ「民族の大移動」を行った。日本ほど急速に都市化が進んだ国はない。高度成長も経済の構造が変化したから可能であった。逆に経済が高度成長だったからこそ、痛みを最小に構造変化が可能だったのである。ここは非常に大切なポイントである。 しかしこのような経済の構造の変化も、政府が主導して行ったわけではない。終戦後、外地から大量の人々が本国に戻って来た。政府はこれらの人々の一部を旧国鉄などに斡旋したが、とても職は足りなかった。次に政府が進めたのは移民である。中南米などへの移民政策を積極的に進めた。しかし、朝鮮戦争の特需やその後の高度成長により、日本経済構造は様変わりした。地方から都会への人も移動した。これも人余りから一転して、都会が人手不足の状態になったからである。そしてこの構造変化は、けっして政府が作ったシナリオでなったわけではない。筆者は、この高度成長は日本人の持っていた潜在能力や戦前から蓄積した技術力により実現したと考えている。たしかに米国などから新しい技術を導入したが、それを消化し、製品化を行い、先進工業国となったのも、教育など、目に見えない戦前からの蓄積があったからと考えている。 官僚は、高度成長は自分達がシナリオを作ったと言いたいだろうが、これは思い違いである。むしろ「本田」など、政府の言うことを聞かなかった企業が成長したのである。反対に政府の管理に従った銀行などは今だに日本経済にとってはお荷物である。政府の経済成長への寄与はインフラの整備などに限定されている。政府が強力に経済を主導したのは明治の時代までと戦時経済だけと筆者は考えている。高度成長期以降は、社会の安定を名目にむしろ衰退産業を保護することが政府の役目であった。 筆者の主張は、経済の構造改革は、政府の主導で起こるのものではなく、もっと自然発生的なものであると言うことである。技術の進歩や新しい機軸の導入で経済の構造改革は起こるのである。為替レートの大幅な変動や交通インフラの整備なども産業構造を変化させる。例えば「新幹線の開通」により、名古屋が東京からの日帰り圏内になるため、企業は名古屋の支店を営業所に格下げを行ったケースがありうる。また石油が廉価になったため、石炭が売れなくなり、産炭地の地盤沈下が起こった。これにより全国各地に石油コンビナートが生まれた一方で、旧産炭地は一気にさびれた。これらも一種の経済構造の変化の例であるが、決して政府が意図を持って行ったことではない。つまり経済の構造改革のメカニズムは経済の動き自体に組み込まれているのである。 ところが最近「不況克服のため、経済の構造改革が必要」とまた訳の分からないことを主張するエコノミストがぞろぞろ登場してきた。今回の構造改革は「過剰設備の廃棄」と「過剰人員の整理」と言うことらしい。これは民間が行うことであり、政府が主導して行えることではない。むしろこれをどの企業も実行すれば、さらに景気は悪くなると筆者は考える。続きは来週号で述べることにする。
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