- 寡占下の価格決定
寡占下の価格決定の過程は複雑であり、はっきりとした法則を示すことは困難である。完全競争下においては、価格が需要と供給の関係で決まると考えられるが、寡占下においては、この需給関係に加え、寡占の集中度、参入障壁の高さ、さらに代替物の存在なども影響する。 特に「製品差別型寡占」の場合には、価格を前面に出しての競争ではないので、価格決定のメカニズムは非常に難しい。この寡占下における競争では、価格も一つの競争のファクターに過ぎないのである。ところで寡占下において、価格をある程度自由に設定できる場合の価格決定の方法としては、マークアップ・プライシングと言うものがある。これは原価に経費と適正利潤を上乗せして価格を設定する方法である。もっとも何が適正利潤なのかは、価格設定者にとって異なる。しかし、この方法により自分で価格設定ができると言うことは、完全競争市場下とは大きな違いである。完全競争市場下では需給関係のみで価格が決定し、供給者はこれに従うことになるのである。当然マークアップで価格が設定できる場合には、完全競争下の場合より高く価格を設定することができ、利潤も大きくなる。 銀行が貸出金利を決める場合の「バスケット方式」と言うものがあるが、これも一種のマークアップ・プライシングである。銀行は貸出金利として調達金利に経費と利潤をプラスしたものを使う。この場合の調達金利は、各種の調達ルートの資金の調達金利の過重平均で算出する。つまりバスケットの中身は各種の調達ルートの資金である。しかし、もし銀行業界がもっと競争的なら、まず市場で貸出金利水準と言うものが決まるはずである。そして銀行はこの貸出金利を受け入れざるを得ず、これで利潤を確保するためには、さらに経費を削減するとか資金調達ルートの工夫が必要になってくるはずである。したがって現実に、マークアップ・プライシングにより貸出金利が決められているとしたら、これは、銀行業界がいかに競争とは無縁であり、容易に高収益を上げられる業界かを示していることになる。 一方、資本集中型寡占の場合には、もっと法則性のある価格決定が考えられる。まず有名なポール・スウィージーの「屈折需要曲線」と言うものがある。これはある企業が供給を減らし価格を高くしようとしても、他の企業は供給を減らさないと予想されるため、価格はそれほど上昇しないと予想される。また、自分が供給を増やすと他の企業も供給を増やし、価格が思った以上に下がると予想される。したがって企業は、現在の価格で折れ曲がる需要曲線に直面していることになる。つまり現在の価格と供給量の組み合わせを変えることが、自分にとって不利と感じられるのである。ただしこれは企業が、いつも不確実性につきまとわれ、最悪のケースを想定して行動すると言う前提での話である。 この「屈折需要曲線」についてはどこまで有効か議論の分かれるところであるが、少なくとも寡占下においては、価格が膠着的であり硬直的に成りやすいと言う説明にはなる。これに対して競争市場で決まるダイコンやイワシの価格は、毎日のように激しく変動している。 しかし「屈折需要曲線」は寡占下では価格が膠着的に成りやすいことは説明しているが、どうしてその水準に決まるかは説明できない。これに対する一つの回答が「参入阻止価格」である。資本集中型寡占下の業界では、最も効率の良い企業から最も効率が悪い企業までの序列ができる。価格はこの最も効率が悪い企業が生きるか死ぬかの水準に決まる。そしてこの価格がまさしく参入阻止価格でもある。もしこの企業が死んでしまうと市場に空白が生じ、先週号で説明したように、この空白をめぐり競争が発生したり、新たなる参入を招くのである。したがって業界のプライスリーダーは、最も効率が悪い企業が生きるか死ぬかのぎりぎりの水準に価格を維持しようとするのである。 銀行の「護送船団方式」もこれに似ている。これは一番速度の遅い船に他の船の速度を合わせ、落ちこぼれが出ないようにする方式である。この方式で金利水準が決まれば、上位の銀行は常に膨大な利益が保証されることになる。
- 競争と所得の分配
日本の産業構造の特徴は、大企業と中小零細企業の二重構造の存在である。ほとんどの大企業は寡占市場下にあり、一方、中小零細企業は競争的市場にある。この結果、どうしても大企業の方が中小零細企業に比べ、価格を高く維持することによって、相対的に多くの利潤を得ることができる。従業員の給与も企業が大きくなるほど高くなるのは当然と考えられる。さらに参入が厳しく制限されている金融機関の給与が一段と高くなることは容易に想像できる。しかし、これは大企業の従業員の働きが良いからと言うより、寡占などによる業界の構造そのものによる。 これは次のようなモデルで簡単に理解できる。典型的な商品の流通は、メーカーから特約店や代理店へ流れ、場合によってはさらにその下の販売店に流れる。通常、メーカーの数より特約店の数の方が圧倒的に多い。つまり特約店は仕入れの際には、より競争的な立場にいることになる。この結果、メーカーと特約店の間ではメーカーにとって有利な価格で取引がなされる。一般的に給与や諸経費もメーカーの方が特約店より大きい。そして両者の力関係は、寡占の度合いが強くなるほどメーカーに有利となる。まれに例外はあっても、一般的に主体の数が少ない方が価格交渉上優位に立てるのである。この結果、どうしても所得の分配は寡占企業に有利な形になっている。 たしかに、これまでは中小零細企業は各種の規制や組合を作ることによって、かろうじて過酷な完全競争から逃れて来た。ところが近年、国際化の進展による海外との競争や国内の規制緩和の流れがあり、様相は変わってきている。たしかに国際化の進展や規制緩和は、企業の大小にかかわらず、競争を激化させるものである。しかし大企業の寡占体制は構造的なものであり、これらの環境の変化の影響は限定される。一方、中小零細企業は、元々競争的な体質であり、規制緩和によりさらに完全競争に近づくことになる。また、国際化の進展は、発展途上国との競争を意味し、究極的にはこれらの国々との経費削減の競争となる。このような事情を勘案すると、寡占企業と中小零細企業の所得分配は、一段と後者にとって不利になっていると考えられる。 一人当たりの所得には、大都市圏と地方で大きな格差が存在する。筆者は、この大きな原因は、地価と基盤になっている産業の競争状態の違いと考えている。ところで地価についての話はここではとりあえず省略する。 ほとんどの寡占企業の主軸は大都市圏にある。一方、地方には寡占企業はほとんど存在せず、主力の産業はより競争的である。たしかにメーカーは工場を地方に配置しているが、この工場も発展途上国とのコスト競争に晒されている。筆者は、一般的に都会の方が競争が激しいと思われているのは、誤解と考えている。地方の方が価格競争が激しい産業の比重が大きいのである。したがって所得の分配も都会の方が優位である。 本誌が発行される頃には都知事選の結果も出ていると思われる。今回の都知事選では都の財政が問題となった。特に大きな地方への財政支出を問題にする意見も多かった。たしかに日本の財政は「都会で集めた税金を地方に環流」している形になっている。財政は都会における「揚超」に対する地方における「散超」である。しかし、これも日本の産業構造により、都会の所得が大きくなるようになっているからである。そして所得が大きいから税負担も大きくなっている。しかしこのような財政の働きが、これまで大都市と地方の所得の格差をかなり是正してきたのである。 そうは言っても、今後、地方偏重の財政支出は見直されることは間違いないであろう。また国会議員の定数の見直しも続き、さらに地方は不利な立場に立たされることも避けがたい。また同じ公共投資でも、都会での投資の方が経済効果は大きく、都会での公共投資には筆者も賛成である。本当に事態は地方にとって深刻なのである。特に今回の不況は地方と中小零細企業を直撃している。これも今後の経済の動向を暗示していると考えられる。まさしく地方も経済的な自立を迫られているのである。本誌もこれについてはそのうち取り上げたいと考えている。
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