- 本誌の経済予想のスタンス
本誌のように経済を取り上げていると、頻繁に経済動向や数値について予想を行ったり、見通しを述べることがある。いつもこの予想通りに事態が進行すれば良いのであるが、不幸にしてそうならないこともある。もちろん予想がはずれるケースが多いと信頼を失うことになる。しかしこの予想がはずれた場合、どうしてはずれたかを考えることもなお重要である。予想がしょっちゅうはずれると言うことは、考え方に根本的な誤りがあるか、あるいは現状認識が間違っていることを意味する。 本誌においてもこれまで各種の経済動向の予想を行ってきた。しかし基本的には一週間先とか一ヶ月先と言った短期的な予想は行わない。本誌ではもっと長い期間を想定した予想を行ってきた。これは、筆者がかろうじて予想できるのは経済数値の傾向とかトレンドと言うものであり、決して明日や明後日の為替レートと言ったものではないと言うことである。短期の動きには市場参加者の色々な思惑がからみ、数値の動きも必ずしも理屈通りにはいかない。また市場に関しても、いつも外部に正しい情報が伝えられている訳ではない。このような状況では短期的な動きを予想すること自体が意味がないと考えている。したがって例えば一ヶ月後の為替レートを予想すると言うことさえ、それ自体なんの意味もないと考えている。予想が当ったとしてもそれは単なる偶然である。しかし経済数値の中長期的な傾向とかトレンドと言うものを考えることは大切である。またそれはある程度可能と考えている。筆者は、実際のトレンドと適正と考える数値とのギャップを常に念頭においている。現在の数値が適正値から大きく離れていたら、適正値に戻ろうとする力が働くと考えるのである。ちなみに現在の為替レートについてコメントすれば、為替介入の影響もあり、今日のところやや円安に動いているが、適正値との関係で、中長期的にはやや円高に移行すると考えている。 しかし本誌も過去に行った見通しが間違ったことがある。今週号ではこれを取り上げ、反省と若干の言い訳を行いたい。しかし前述したように何故予想が間違ったかを考えることは重要であり、このことこそが経済を見る目を養うと考える。
- 予想がはずれた実例
本誌は創刊以来2年以上たっており、その間数々の予想をおこなってきた。間違った予想はそれほどないが、それでもいくつかある。間違った予想は特に本誌の初期の頃に集中している。まずそれらの間違った予想を取り上げ、一つ一つ検証してみる。
- オリンピックの翌年の米国経済は落ち込む
これは97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」で取り上げたテーマである。それまでオリンピックを開催した国は、決まって翌年景気が落ち込むことに着眼して述べたことである。オリンピック開催で特需が発生し、国民も気分が高揚し、その年は景気が良いが、翌年この反動で不況に落ち入るパターンが多かった。また、オリンピックの年には米国では大統領選挙が行われる。このため米国政府は景気が落ち込まないような経済政策を行ってきた。これが世界経済全体にもプラスに働いたのである。実際、東京オリンピックの後の日本、ソウルオリンピックの後の韓国、バルセロナオリンピックの後のスペインは全て不況になった。したがってアトランタオリンピックの後の米国も景気は後退すると推理したのである。 ところが米国経済は好調を維持し、今日に至っているのである。筆者が考える米国経済が好調の理由は、海外からの豊富な資金の流入に加え、需要構造が米国が得意とするハイテク分野に移っており、さらに冷戦終結による軍事技術の開放などがあり、経済成長の条件が揃っていたことである。さらに労働組合の弱体化と、発展途上国からの低価格製品の輸入により、物価は上昇しないようになり、低金利政策も可能となっていることも大きい。 しかし今後の米国経済を占うのは難しい。本誌でも98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」と98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」で取り上げたが、良い材料と悪い材料が混在しており、判断はたしかに難しい。しかし筆者は一応来年の前半まで、あるいは大統領選挙までは米国経済は大丈夫と考えている。株価もどこかの時点で大幅に下落する場面があるかもしれないが、しばらくすると回復すると考えている。それほど米国経済は今のところ良い循環になっていると思われる。
- 日本経済は不況下の株高
これは2年前、97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」と97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」で本誌は、「そろそろ日本の地価も底を打ち、地価も多少上昇に転ずるのではないか」と予想したことである。海外に向かっている活動的な資金もそろそろ国内に還流してくるのではないかと考えたのである。これには米国株式の下落も暗黙に想定していた。資金は最初土地に向かい、この結果地価が上昇し、これを反映して株価も上昇する場面を想定した。一方、住宅投資は限界にきており、当時の財政再建路線により日本の景気は後退するであろうと考えた。さらに資金が還流することによる「円高」が加わり、この面からも景気は大きく後退せざるを得ないと考えたのである。つまり結論として「不況下の株高」である。 たしかに「不況」は予想通りであったが、土地高、株高はみごとにはずれた。そして米国経済が前述したように好調を続け、さらに多くの活動資金が国外、特に米国に向かったのである。また国内に滞留する資金も土地には向かうことなく、債券に向かったのである。 筆者が当時このように考えたのは、たしかに地価の下落が止まる徴候が見られたからである。特に都心の一等地の地価は若干上昇したケースもあった。海外資本の土地購入も活発化し始めていた。しかし、あまりにも景気後退が顕著だったため、この動きは完全に止まってしまった。結果的には再び下落し始めたのである。株価は、金融機関の信用不安も加わり、再び下げに転じたのである。今では、筆者は景気後退の影響を小さく考え過ぎたと反省している。
- 債券の上昇には限度がある
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」で筆者は当時の債券価格の上昇を「仕手化」していると警告している。当時の利回りは既に2.4%くらいまで低下していた。ところが筆者の予想に反して、債券価格はその後もさらに上昇し、利回りはついに2%を割り込んだのである。もちろんこの水準は歴史的にも世界的にも最低である。なんとピーク時には0.64%と信じがたい数値となった。たしかに日本の金融機関の信用不安の影響があったと言え、異常な数値ではある。 本誌では明示しなかったが、筆者は、正直に金利は2%を割り込むことはないと考えていた。この根拠は、多少漠然としているがケインズが引用した言葉の影響であろう。これは「ジョン・ブルはたいていのことは我慢する。しかし二分の利子には我慢できない。」と言うものである。つまり長期金利は低下しても、2%以下になることはないと言う「常識」である。ケインズは英国のコンソル公債の利回りを念頭においている。たしかに永久債であるコンソル公債と10年満期の日本の国債の利回りを同列で考えることには多少問題はあるが、とても長期金利が2%を割り込む事態は想定していなかった。ところで長期金利の動きと「流動性のワナ」については別の機会にまた述べることにしたい。 前段で述べたように、筆者の予想に反して、資金は土地に向かわず、国債に向かった。もし言い訳が許されるなら、筆者の読み間違った原因は、今回の不況が金融機関の信用不安を引き起こし、この信用不安を伴っていたと言う、これまでにない事情があったことである。これにより安全を求めた資金が集中的に国債に向かったのである。
このように見てくると、筆者が予想を誤ったケースの共通点は、様々な「先入観」と言える。「利回りが2%を割り込むことはない」と言う固定観念も、その典型である。やはり経済の動きを正しく予想するには、このような先入観に囚われることのない自由な思考が必要と考える。そのためにも物事の実態をまず正確に観察することが重要である。
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