- 伝統的な投資理論
先週号で、世間のエコノミストと本誌の景気の見通しで大きく異なる理由として、設備投資額の予測の違いを指摘した。今の日本には需給のギャップが30兆円あると言われている。筆者もその程度と考えている。筆者の見方では、97年度、98年度の経済成長率の合計がマイナス3%で、この金額が15兆円となり、97年度スタート時に既に15兆円の需給ギャップがあったとしたなら、現在の需給ギャップの数値は30兆円くらいと算出されるからである。いずれにしても大きなギャップが存在することは事実である。 多くのエコノミストやシンクタンクはこの需給ギャップの大きさに着目し、99年度の設備投資は大きなマイナスになると予想している。政府も99年度の設備投資をマイナス5.2%と予想している。問題は「景気回復には需給のギャップの解消が必要である。」そのためには「企業の過剰生産設備の廃棄が必要である。」と言う意見が、専門家と言われる人々からよく聞かれることである。これらの人々の主張は、需要を喚起して需給のギャップを小さくすると言うのではなく、産業のリストラを行い、生産力を削ることにより収益率をアップする必要があると言うことである。この説によれば、この収益率をアップによって始めて新たな設備投資が発生すると言うことらしい。そしてこのようなリストラが進まない限り、設備投資は増えず、景気も回復しないと主張している。驚くことにマスコミに登場するほとんどのエコノミストが同様の発言を行っていることである。 一企業にとってリストラを行い、生き抜くことは大事かもしれないが、マクロ経済全体にとってリストラが続くことは、さらなる失業が増えることを意味する。また筆者は、リストラを行うことによって本当に設備投資が増えるのか疑問に思っている。企業が、リストラを行った結果、収益率がアップしたからと言って、直ぐに設備投資を増やすとは考えられないからである。過剰生産設備を持った企業は斜陽産業に多いのである。これらの産業で合併などが行なわれてして、過剰生産設備を整理しているのが現状である。したがってこれらの産業の整理が終わっても、新たな過剰設備の発生を意味する新規の設備投資を本当に行うか疑問である。むしろこれらの過程で発生する新たな失業の方が問題と考えられるのである。 過剰生産設備の廃棄と設備投資の関係をこれ以上論じる前に、投資について伝統的な考えを簡単に整理する。投資には他に公共投資、住宅投資、在庫投資などがあるが、今回は設備投資だけに焦点を絞る。まず設備投資は独立投資と誘発投資に分けられる。誘発投資は需要の増加、つまりほぼ所得の増加に応じて発生する。また誘発投資が一旦起ると、所得の増加が生じ、これが次の誘発投資を生むようになる。つまり誘発投資は連鎖的に発生するのである。一方、独立投資は予想収益率と予想利子率の差で実行するかどうか決まる。そして独立投資が実行されれば、所得の増加を生み、これが誘発投資を生むことになる。この一連の経済波及効果が起るには、収益率と利子率の動きがポイントになるのである。しかし収益率や利子率に影響されない公共投資が独立投資として行われても、一連の誘発投資は起るのである。ところが「小さな政府」を信奉する経済学者は、政府の経済への介入を好まない。したがって経済が自立的に成長できるような条件として、収益率の向上のためのリストラにこだわるのである。しかし筆者は、リストラによる収益率向上により独立投資が増えるとしても、失業の増加により、誘発投資は小さくなるかあるいはなくなり、所得は増えないかもしくはマイナスになると考える。つまりリストラによって立派な企業が生まれても、その企業の商品やサービスを買う者がいないのである。「小さな政府」を信奉する経済学者は、余剰となった経営資源は別の新たな産業に使われるとしている。しかし経済が成熟している日本では、簡単に都合よく、有力な別の産業に参入できるとは考えられない。むしろこれまでの日本においては、この解決方法は輸出の増加であった。しかしこれは将来の円高につながり、次ぎのリストラが企業に待っていたのである。そしてこのシナリオはここ15年くらいの日本経済の推移でもある。
- 投資と技術進歩
伝統的な投資の理論の欠点は、設備投資に技術進歩の概念が取り入れられていないことである。たしかに昔は技術の進歩も緩慢なものであり、これをあまり考慮せず投資が行われていたこともありうる。まさに「女工哀史」の時代の投資である。資本家が「機織り」が儲かると判断し、「機織り機」を一台を購入し、事業を始め、そのうち注文が増えてきたので「機織り機」をさらにもう一台購入するケースである。当時は設備投資に技術進歩と言うことをあまり気にする必要はなかったのである。需要の増加に応じ、同じような機械を追加購入するだけであり、これが普通の設備投資であった。 現代においてもこれに近い業界がある。典型的なのはトラック運送会社やタクシー会社などである。需要に応じて、単純に保有台数を増やすのである。また理髪業などのサービス業全般もこれに近いと思われる。筆者の感想では日本のGDPの半分くらいは、このような技術進歩とあまり関係のない業界の生産と思われる。そしてこれらの業界の投資の基準は収益率と需要の伸びと言う伝統的な投資の理論がほぼあてはまることになる。これの業界は、この不況で需要が伸びない現状では設備投資どころではないのである。日本がこのような産業だけなら、需給ギャップが大きい現状では、大半のエコノミストが言っているように99年度の設備投資は絶望的である。 しかし一方、設備投資に技術進歩が伴う産業がある。このような産業にとっては、新しい技術を導入することが不可欠であり、これが死活問題である。分りやすいの例として携帯電話が挙げる。携帯電話は短い期間に軽く小さくなっただけでなく、電池もニッケルカドミュウムからニッケル水素になり、現在はリチウムイオンが普通となった。この業界には連続的に技術進歩が起っているのである。そしてこの業界ではこの技術進歩に付いて行くために何らかの新規の投資が継続的に必要であった。また新しい技術を導入しないと言うことは、この業界からの脱落を意味する。収益率を考慮して新規の投資を控えると言うことはできないのである。 多くの場合、技術進歩は設備投資に伴って導入される。通常今年の機械は一年前の機械に比べ新しい技術が使われているのである。いわゆる「機械自体に技術進歩が体化」されているのである。しかしこのような考えは決して新しい考え方ではなく、ヴィンテージ・アプローチとして知られている。「ヴィンテージ」とはワインが生産された年によって品質が異なるように、機械も製作年によって使われている技術に違いがあり、この機械の働きにも違いがあることを意味している。パソコンなどはこの典型的な例である。 「機械に技術進歩が体化」されている以上、先端企業はいや応なく、設備投資を続けることになる。競争が世界的になればこの投資の頻度も大きくなる。例えば自動車メーカーは常に技術開発を行い、最近では環境問題にも対応する必要に迫られている。これらの投資は、決して収益率に左右されるとは限らない。むしろ短期間の収益を考えるなら設備投資を控えた方が良いのである。しかし、設備投資を控えれば、先に述べたようにこの業界からの脱落を意味するのである。 このような技術進歩に伴う設備投資額の動向を予測することは非常に難しい。たとえ需給ギャップが存在してもこのような投資は行われるのである。筆者は「新基軸の登場」がこのような投資を生む要素の一つと思われる。筆者の考える「新基軸」の例の一つは「デジタル化」がある。これにより業界の境目がはっきりしなくなったことである。最近の例としては、「複写機メーカー」と「プリンターメーカー」の間の競争が挙げられる。画像のデジタル化により両業界の境目がなくなり、両者の激しい競争が始まっている。したがってこれらのメーカーはいや応なしに、設備投資を増やす必要に迫られているのである。またパソコンのOSのバージョンアップも一つの「新基軸」であり、新規の投資を生む。これについては来週号で述べる。 このように技術進歩が連続して起っている時代では、伝統的な理論だけで投資を考えると予想を大きく間違える可能性がある。収益率をあまり考慮しない設備投資の存在が大きいからである。そして需給のギャップが大きいからリストラが必要と言う、単純な発想は危険が伴うと筆者は考えるのである。
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