平成9年2月10日より
経済コラムマガジン



99/2/15(第102号)


需給ギャップと投資
  • 伝統的な投資理論
    先週号で、世間のエコノミストと本誌の景気の見通しで大きく異なる理由として、設備投資額の予測の違いを指摘した。今の日本には需給のギャップが30兆円あると言われている。筆者もその程度と考えている。筆者の見方では、97年度、98年度の経済成長率の合計がマイナス3%で、この金額が15兆円となり、97年度スタート時に既に15兆円の需給ギャップがあったとしたなら、現在の需給ギャップの数値は30兆円くらいと算出されるからである。いずれにしても大きなギャップが存在することは事実である。
    多くのエコノミストやシンクタンクはこの需給ギャップの大きさに着目し、99年度の設備投資は大きなマイナスになると予想している。政府も99年度の設備投資をマイナス5.2%と予想している。問題は「景気回復には需給のギャップの解消が必要である。」そのためには「企業の過剰生産設備の廃棄が必要である。」と言う意見が、専門家と言われる人々からよく聞かれることである。これらの人々の主張は、需要を喚起して需給のギャップを小さくすると言うのではなく、産業のリストラを行い、生産力を削ることにより収益率をアップする必要があると言うことである。この説によれば、この収益率をアップによって始めて新たな設備投資が発生すると言うことらしい。そしてこのようなリストラが進まない限り、設備投資は増えず、景気も回復しないと主張している。驚くことにマスコミに登場するほとんどのエコノミストが同様の発言を行っていることである。
    一企業にとってリストラを行い、生き抜くことは大事かもしれないが、マクロ経済全体にとってリストラが続くことは、さらなる失業が増えることを意味する。また筆者は、リストラを行うことによって本当に設備投資が増えるのか疑問に思っている。企業が、リストラを行った結果、収益率がアップしたからと言って、直ぐに設備投資を増やすとは考えられないからである。過剰生産設備を持った企業は斜陽産業に多いのである。これらの産業で合併などが行なわれてして、過剰生産設備を整理しているのが現状である。したがってこれらの産業の整理が終わっても、新たな過剰設備の発生を意味する新規の設備投資を本当に行うか疑問である。むしろこれらの過程で発生する新たな失業の方が問題と考えられるのである。
    過剰生産設備の廃棄と設備投資の関係をこれ以上論じる前に、投資について伝統的な考えを簡単に整理する。投資には他に公共投資、住宅投資、在庫投資などがあるが、今回は設備投資だけに焦点を絞る。まず設備投資は独立投資と誘発投資に分けられる。誘発投資は需要の増加、つまりほぼ所得の増加に応じて発生する。また誘発投資が一旦起ると、所得の増加が生じ、これが次の誘発投資を生むようになる。つまり誘発投資は連鎖的に発生するのである。一方、独立投資は予想収益率と予想利子率の差で実行するかどうか決まる。そして独立投資が実行されれば、所得の増加を生み、これが誘発投資を生むことになる。この一連の経済波及効果が起るには、収益率と利子率の動きがポイントになるのである。しかし収益率や利子率に影響されない公共投資が独立投資として行われても、一連の誘発投資は起るのである。ところが「小さな政府」を信奉する経済学者は、政府の経済への介入を好まない。したがって経済が自立的に成長できるような条件として、収益率の向上のためのリストラにこだわるのである。しかし筆者は、リストラによる収益率向上により独立投資が増えるとしても、失業の増加により、誘発投資は小さくなるかあるいはなくなり、所得は増えないかもしくはマイナスになると考える。つまりリストラによって立派な企業が生まれても、その企業の商品やサービスを買う者がいないのである。「小さな政府」を信奉する経済学者は、余剰となった経営資源は別の新たな産業に使われるとしている。しかし経済が成熟している日本では、簡単に都合よく、有力な別の産業に参入できるとは考えられない。むしろこれまでの日本においては、この解決方法は輸出の増加であった。しかしこれは将来の円高につながり、次ぎのリストラが企業に待っていたのである。そしてこのシナリオはここ15年くらいの日本経済の推移でもある。

  • 投資と技術進歩
    伝統的な投資の理論の欠点は、設備投資に技術進歩の概念が取り入れられていないことである。たしかに昔は技術の進歩も緩慢なものであり、これをあまり考慮せず投資が行われていたこともありうる。まさに「女工哀史」の時代の投資である。資本家が「機織り」が儲かると判断し、「機織り機」を一台を購入し、事業を始め、そのうち注文が増えてきたので「機織り機」をさらにもう一台購入するケースである。当時は設備投資に技術進歩と言うことをあまり気にする必要はなかったのである。需要の増加に応じ、同じような機械を追加購入するだけであり、これが普通の設備投資であった。
    現代においてもこれに近い業界がある。典型的なのはトラック運送会社やタクシー会社などである。需要に応じて、単純に保有台数を増やすのである。また理髪業などのサービス業全般もこれに近いと思われる。筆者の感想では日本のGDPの半分くらいは、このような技術進歩とあまり関係のない業界の生産と思われる。そしてこれらの業界の投資の基準は収益率と需要の伸びと言う伝統的な投資の理論がほぼあてはまることになる。これの業界は、この不況で需要が伸びない現状では設備投資どころではないのである。日本がこのような産業だけなら、需給ギャップが大きい現状では、大半のエコノミストが言っているように99年度の設備投資は絶望的である。
    しかし一方、設備投資に技術進歩が伴う産業がある。このような産業にとっては、新しい技術を導入することが不可欠であり、これが死活問題である。分りやすいの例として携帯電話が挙げる。携帯電話は短い期間に軽く小さくなっただけでなく、電池もニッケルカドミュウムからニッケル水素になり、現在はリチウムイオンが普通となった。この業界には連続的に技術進歩が起っているのである。そしてこの業界ではこの技術進歩に付いて行くために何らかの新規の投資が継続的に必要であった。また新しい技術を導入しないと言うことは、この業界からの脱落を意味する。収益率を考慮して新規の投資を控えると言うことはできないのである。
    多くの場合、技術進歩は設備投資に伴って導入される。通常今年の機械は一年前の機械に比べ新しい技術が使われているのである。いわゆる「機械自体に技術進歩が体化」されているのである。しかしこのような考えは決して新しい考え方ではなく、ヴィンテージ・アプローチとして知られている。「ヴィンテージ」とはワインが生産された年によって品質が異なるように、機械も製作年によって使われている技術に違いがあり、この機械の働きにも違いがあることを意味している。パソコンなどはこの典型的な例である。
    「機械に技術進歩が体化」されている以上、先端企業はいや応なく、設備投資を続けることになる。競争が世界的になればこの投資の頻度も大きくなる。例えば自動車メーカーは常に技術開発を行い、最近では環境問題にも対応する必要に迫られている。これらの投資は、決して収益率に左右されるとは限らない。むしろ短期間の収益を考えるなら設備投資を控えた方が良いのである。しかし、設備投資を控えれば、先に述べたようにこの業界からの脱落を意味するのである。
    このような技術進歩に伴う設備投資額の動向を予測することは非常に難しい。たとえ需給ギャップが存在してもこのような投資は行われるのである。筆者は「新基軸の登場」がこのような投資を生む要素の一つと思われる。筆者の考える「新基軸」の例の一つは「デジタル化」がある。これにより業界の境目がはっきりしなくなったことである。最近の例としては、「複写機メーカー」と「プリンターメーカー」の間の競争が挙げられる。画像のデジタル化により両業界の境目がなくなり、両者の激しい競争が始まっている。したがってこれらのメーカーはいや応なしに、設備投資を増やす必要に迫られているのである。またパソコンのOSのバージョンアップも一つの「新基軸」であり、新規の投資を生む。これについては来週号で述べる。
    このように技術進歩が連続して起っている時代では、伝統的な理論だけで投資を考えると予想を大きく間違える可能性がある。収益率をあまり考慮しない設備投資の存在が大きいからである。そして需給のギャップが大きいからリストラが必要と言う、単純な発想は危険が伴うと筆者は考えるのである。

来週号は今週号の続きと「日本の潜在成長率」について述べたい。
読者の方から「外貨預金」についてのご質問があった。ご本人は外銀に「外貨預金」を行うので筆者の意見をほしいとのことである。為替レートだけを取り上げれば、現在のレート114円台は筆者の適正と考える水準に近い。そこで次は「外貨預金」保有の動機が重要でとなる。具体的には為替変動に伴う為替差益なのかそれとも日本国内より高い金利かと言うことである。しかしご本人はあまり金利は気にしていないと言うことなので、ここでは為替差益に焦点を当てのべることにする。本誌のバックナンバーを読んでいただけば分かるように、筆者も以前の円安の時には、外貨建て債権を持つことに対してはかなりはっきり反対していたが、今の為替水準では何とも言えないと言うのが率直な意見である。つまり現時点では、あくまでのご本人の判断でやっていただきたいと言うことである。ただ半分は勉強のためと言うのならあまり大きな金額の運用はお勧めできない。と言うのは、意に反し「円高」になれば、その時に外貨建て資産への追加投資ができなくなるからである。
またこの他のアドバイスとして、次ぎの二点を挙げておく。一つは流動性の問題である。定期預金と言うことなら満期まで解約できないと言うことになる。都合よく円安になっても解約できないのが原則である。その時点で為替予約を行うことでこれを回避することができるが、個人の小さな預金に為替予約と言うのも大袈裟である。むしろ為替差益を得たいなら、普通預金かドルの現金を保有する方が現実的と考えられる。もっともドルの普通預金の金利は驚くほど低いはずである。流動性の問題ではもう一つ、いざとなった時、それを担保に必要な融資が受けられるか銀行に確認しておくことである。アドバイスの第二点目は、日本においては外貨預金は外銀と言う話をよく聞くが、本当に外銀が良いのか調べることである。むしろ為替変換手数料などは邦銀の方が安いケースもあり得る。トータルのサービスはどちらが良いかご自分で調べていただきたい。他に色々ご質問があったが、今回は割愛させていただく。
日銀の硬直的な政策が問題となっている。「日銀の独立性は大事だ」と言う観念的な主張がまたくり返されている。物価だけに関心を持てば良いと言う、時代錯誤の意見も聞かれる。筆者は、日銀の行う金融政策は政府の経済政策に整合性をもって行われるべきと考える。日銀の政策が世界経済にも影響があることを本当に承知しているのか疑問である。先の日銀法の改正も、単に大蔵省の影響力を削ぐことだけが主眼に置かれていたと言う印象である。もしこの改正日銀法が現実にそぐわないのなら、即刻再改正すべきである。またその場合には、日銀OBの政治家をこの作業にタッチさせるべきではない。
12年前のブラックマンデーはドイツが米国の利下げ要求を拒否したことに始まった。今回日銀の政策により、米国の株価が大幅に下落する場面があれば、どのような反響があるか危惧するところである。筆者自身は、仮に米国の株価が一旦大幅に下落しても、また持ち直してくると考えているが、日銀に対する世界の風当たりはきつくなると考える。そしてそれが日本全体への非難になる可能性が強い。とにかく今、米国の経済が落ち込んでもらっては日本もこまる。「立派な日銀だけ」が残っても、日本や世界の経済がめちゃくちゃになっては何の意味がないのである。



99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

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