平成9年2月10日より
経済コラムマガジン



99/2/1(第100号)


公共投資の将来を考える
  • 財政支出の方向
    本紙では一貫して積極財政を主張してきた。景気が後退する前からこれを主張していたのである。政府の経済政策もようやくこの線で行われるようになった。しかし筆者の考えは景気の善し悪しだけでこれを言っているのではない。経済をマクロ的に見て、日本経済の需要が不足する場合には、財政がそれを補填する他はないと言うことである。この需要の補填をけちると、たちまち日本経済は国内需要が不足となり、輸出が伸び、そのうち円高となるか、もしくは今回のような不況に陥るのである。このような現象は、これまで何度となく繰り返されていることである。筆者は、この根本的な原因を日本の消費の不足と考えている。なぜ日本においては消費が不足するのか関心のあるところであるが、筆者の考えでは日本経済は「消費の限界」に直面しているからと考えている。これについては98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」を参照願いたい。ここでの結論は日本では一般の消費は限界にきており、「土地問題の解決」による広い住居の提供でもなければ、消費の拡大は無理であると言うことである。そしてこの傾向は80年頃から始まっている現象と指摘している。むしろ消費者の選好は「安全、交通、治安、環境」と言った「公共的」なものに移っている。金利も下がっており、このことを示唆している。つまりリターンの小さな物への投資を促しているのである。これはまさしく「公共投資」の増大を意味しているのである。また「公共投資」の増大により、最終的に民間投資を誘発できることを示しているのである。しかしこれは筆者の考えであり、世間一般の定説ではない。
    世間の定説は「ライフサイクル論」のように、つまり高年齢化が進めば消費だけを行う人の割合が増え、国全体では反対に消費性向が大きくなると言うものである。ところが現実は日本では消費性向がわずかながら小さくなっているのである。たしかにこれにはバブル崩壊後の逆資産効果と言う指摘があるが、それ考慮しても現在の消費の現状を見ると「ライフサイクル論」は今のところ日本には適応できないと判断される。一時期、日本の消費が伸びないのは規制により「魅力的な商品が販売されていない」とか「物の値段が高い。」と言う指摘があった。ところで今日各方面で規制が緩和され価格が下落しているものも多くなっている。しかし全体では消費が伸びていないのである。また度々売る側の工夫が足りないと言う指摘がある。なるほどコンビニのような新業態の売り上げは増えている。しかし、一方これにより一般商店やスーパーの売り上げは減少しているのである。問題は消費全体の動向であり、日本の消費不足はもっと根源的なものである。
    日本経済にとって消費が増えないことは重大な問題である。これでは日本が不況にならないためには、財政の赤字をどんどん膨らませて、需要の補填を行う必要があるからである。今回の緊急経済対策が好例である。しかしこれを行わなければ、街に失業者が溢れるか、または輸出をどんどん行い各国から非難を受けるしかないと言うことである。世間には設備投資を行えば良いと言う意見が多いが、設備投資により一時的に需要は増えるが、この設備投資による生産力の増強は次の需要の不足を生むのである。
    筆者は、このような日本経済の体質を前提にするなら、日本には「財政の累積的な赤字」と「不況と失業」のどちらかの選択しかないと考えている。輸出を増やし、両方を避けると言う手段はもはや難しいと考えられる。二年前に採った政府の経済政策は「財政赤字の削減」であったが、結果は「不況と失業の発生」であった。しかし、不況により税収が大幅に減少し、財政の再建どころではなかったのである。つまり財政支出を増やし、財政赤字を増やしていても、結果的には財政赤字の累積額にはあまり違いがなかったはずである。つまりこの二年間なにをやっていたのか解らないのである。したがって冒頭に述べたように日本においては、筆者は積極財政が必要であり、これを行っても財政の赤字の累積額に大きな相違が生じないと考えている。
    意見が分かれるのは財政支出の方向である。一つは「福祉」であり、もう一つは「公共投資」である。筆者はもちろん「公共投資」である。しかしもっと厳密に言えば、現在は「公共投資」であるが、将来は「福祉」に向けざるを得ないと言う考えである。ターニングポイントは15年後と考えている。「団塊の世代」が引退し、年金を受け取るようになる時期である。この時期に向かって、「公共投資」を徐々減らし、年金への拠出を増やすのである。この頃には現在のような「公共投資」は行えない状況になるのである。つまり財政支出のかなりの部分は「年金」の支払に充てられることになる。現在、各方面で将来の国民負担率について議論されているが、ほとんどのケースでは「公共投資」は現在の水準を維持するものと想定しているはずである。したがって国民負担率を必要以上に大きくなるよう予想している。このため消費税や保険料のアップの話ばかりであり、国民に不要な不安を与えているのである。
    筆者の主張は、将来「公共投資」を大幅に減らし、この財源を年金支払に充当すれば、消費税や保険料のアップは避けられることである。年金の受給者が3,000万人で毎月7万円の年金を国・地方が追加的に支給するとしたなら、年間で25兆円の負担増となる。しかし「公共投資」を大幅に減らせば可能な額である。

  • 建設現場の現状
    しかし「公共投資」を減らすのは将来の話であり、現在のことではない。そして後ほど述べるように将来「公共投資」ができなくなるのだから、むしろ現在は「公共投資」を積極的に行うことが必要であり、それまでに国全体のストックを増やしておく必要がある。そしてこのことは高齢化を控えた日本にとって重要なことである。ここでストックと言ったのは、社会資本のストックと個人資産のストックの両方である。筆者の考えは、社会資本を充実させることによって個人資本の充実を促進することである。
    具体的な例は、先週号99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」で述べたように、大深度高速地下鉄建設による宅地の開発の促進である。このことにより、個人は広い住宅を取得することが可能となり、個人の資産を形成できるのである。地方にあっては、大都市圏との交通インフラの整備である。具体的には新幹線、高速道路や空港の建設である。最近ではこれに通信網の充実が加わるであろう。たしかに将来「公共投資」が大幅に削減されるとしたなら、地方にとっては多大な影響がある。したがってそれまでに地方の経済は自立できるようにしておかなければならないのである。そのためにも大都市圏との交通アクセスの確保は最低条件である。
    国全体のストックが増えれば、国民の消費性向も大きくなる可能性が強い。安心して消費を増やせるからである。「満員電車」や「空かずの踏切」など、まずしい社会資本ばかりを見ていたのではとても消費を増やす気にはなれないのである。
    これから述べることは世間ではあまり指摘されていないことである。日本の公共投資は財政投融資分を含めると年間60兆円くらいである。しかし将来、15年後にはとても60兆円の公共事業を消化することができない可能性があることである。建設現場は年寄りが多いのである。工事も機械化が進み、以前に比べ人手が必要ではなくなっているが、作業員の高齢化は着実に進んでいるのである。若い人間も建設業界を敬遠している。工業高校を卒業しても、デパートに就職したがるのが昨今の風潮である。
    ここでいかに建築土木の現場の高齢化が進んでいるかについて述べたい。ただし手元に適当な資料がないので、大手ゼネコンの従業員の平均年齢からこれを類推することにする。次の表は建築、土木、道路舗装業界の各々の代表的な3企業の従業員の年齢の平均値の推移である。ただし土木業界も最近では建築工事の割合が大きくなっている。
    各業界の代表的な企業三社の従業員平均年齢の推移
    建 築土 木道 路
    71年353132
    89年413939
    98年424041
    表からこの業界全体の高齢化ははっきりしている。たしかに建設業界だけが高齢化が進んでいるわけではない。他の業界と歩調を合わせて高齢化が進んでいるのである。しかし71年当時からこの業界の平均年齢は他の業界より既に4、5才高かったため、現在の高齢化が目立つのである。特に土木と道路舗装業界の高齢化の進捗は顕著である。
    もっとも建設にたずさわる者は上記の大手ゼネコンだけではなく、下請け業者の従業員もいる。しかしこれらの人々も大手ゼネコンと同様に高齢化が進んでいると考えられる。この理由は、建設現場がけっして日本の若者に好まれていると考えられないことである。バブル期には建設現場で不法外国人労働者が働いており、問題になったのも記憶にある。このように建設現場は一段と高齢化が進んでいると考えられる。問題は、今後、ある時点から建設業界から大量の引退者が出る可能性が強いことである。筆者は、日本の建設業界の施工能力は今がピークとも考えている。
    つまり15年後に公共投資の予算が現在と同レベルあっても、施工能力の面からとても消化できない事態が予想される。したがって将来必要になると思われる公共事業は今のうちに行っておく必要があると言える。将来、画期的な建築技術が開発されるか、あるいは外国人労働者の流入を認めない限り、公共事業が計画されても実行できない可能性が強いのである。15年後にはせいぜい既存の施設のメンテナンスを行うだけで精一杯と考えられる。
    数年前に阪神地区に地震があり、かなりの被害があった。しかし今日この復興はほぼ終った。これが可能だったのも日本にまだ施工能力があったからである。15年後は予想がつかない。同じような地震が大都市圏に発生し、同様の被害が起こっても、一体誰が復興するのであろうか。筆者の考える対策は、地震が起こっても被害を最小限にくいとめられるような防災都市の建設を今のうちに行うことである。公共投資はなにも景気対策だけにあるのではないのである。

今週では財政の累積赤字についても述べるつもりでいたが、もう少し調べたいことがあるので、後日にまわしたい。来週号は、以前に予定したが延期した「今年の経済見通し」をテーマに取り上げたい。
最近、財政赤字の規模も限界に来ており、これ以上の財政支出による景気刺激策は無理と言う話が頻繁に出ている。経済戦略会議のメンバーの一人である経済学者も同様の発言をしている。この学者の持論は「規制緩和で経済が活発になる」と言うものである。それなら経済戦略会議の提言である「ここ数年の積極財政政策」にも反対すべきであった。また、一体どれだけの累積の規模が限界で、その根拠は何なのかを示すべきである。財政赤字累積の規模が大きいことは今に始まったことではないのである。
円レートは先週号で予想したように弱含みで推移している。これはあくまでも筆者の予想であるが、円安のメドは125円近辺と読んでいる。



99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

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