経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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17/3/27(932号)
シムズ理論とシムズ教授

    コンピューターの計算能力の進歩

    脚光を浴びているシムズ理論であるが、当然ながらこれを否定する意見や批判が出ている。そこで筆者自身のシムズ理論に対する見解を示す。先週号で話をしたように筆者はシムズ理論の結論にほぼ納得している。

    ただシムズ理論の弱点や突っ込まれる所を筆者なりに考える。まず「物価水準の財政理論」(FTPL)の結論は、シムズ教授達のシミュレーション分析から導き出されたものと筆者は見ている。シムズ教授の専門は、シミュレーションによって経済を分析する計量経済学である。そもそもノーベル賞もシムズ教授の新しいシミュレーション分析手法に対し与えられたと筆者は理解している。この重要な点に、シムズ理論を批判するマスコミやエコノミストは何故か触れない。


    シミュレーション・プログラムは、経済現象の変化の予測に使う便利な道具である。しかしその反面、プログラム自体やプログラムの設定が過っている場合には、シミュレーションの結果も間違うことになる。したがってプログラムに問題がある時、もし政府がこれを信じると経済政策でミスリードする危険性がある。筆者もこの点は承知しているつもりである。

    実際、11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」などで取上げて来たように、マクロ経済に関するシミュレーション・プログラム(モデル)はいくつもある。モデルが異なると、同じ条件でプログラムを走らせても結果は異なる。極端なケースとして、04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」で取上げたように「私のシミュレーションプログラムでは1兆円も財政支出を増やすと日本でハイパーインフレが起る」と言って引下がらないA教授という経済学者もいた。


    100パーセント正しいマクロ経済モデルというものは存在しない。せいぜい「これは比較的正しいモデルでは」と言った程度であろう。ただA教授のモデルなどは話にならないと言える。

    筆者は、シムズ教授達が使っていると考えるモデルは「まとも」と見ている(ただし絶対に正しいとまでは言えないが・・これはシミュレーション分析というものの宿命)。この根拠として、日本経済復活の会(会長小野盛司氏、顧問宍戸駿太郎筑波大学名誉教授)が14年前行ったシミュレーション分析の結果とシムズ理論の結論が似ていることが挙げられる。財政政策に伴って財政が悪化しても、むしろ最終的に財政状況は良くなると両者は同じような結果が出ている(財政状況が良くなるの意味合いに違いがあるようだが・・来週これを説明する)。ちなみに小野さんは宍戸駿太郎教授の奨めもあって、03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」の後がきで述べたように、この結果をサミュエルソンに送ったところ賛同する返事が来た(これについても来週も取上げる)。

    ただ小野さんが使ったシステムとシムズ教授のプログラムでは、当然、後者の方がより優れたものと筆者は考える。これはこれはコンピューターの計算能力が時代と共に格段に進歩しているため、より複雑なプログラムであっても瞬時に結果が得られるようになったからである。したがってより現実に則したシミュレーション分析が可能となっている。例えば固定されていたパラメーターも変数として扱うことができる。これによって中央銀行の金融政策の変更などもシステムに取込むことができるようになったと考える。


    シムズ理論とシムズ教授の提言の間の「裏」

    ただシムズ理論の核心とされる「政府は財政再建に取組まない」という宣言だけでインフレが起るとは筆者も思わない。当然、財政支出の増加や減税による財政悪化というプロセスが必要と筆者達は考える。ところがシムズ理論では、新規国債は発行しないことになっている。シムズ理論では「通貨価値を大きく毀損」することでインフレを起こし、このインフレによって返す政府債務が減価し財政問題が解決することになっている。

    前段でシムズ理論を導いたモデル自体は「まとも」と筆者は述べたが、いざこの理論を現実の経済政策(財政政策)に適用するとなると、たちまち非現実的な事態に陥る。例えば財源がない状態で政府は歳出を行うという奇妙なことになる。ここは「シムズ理論」と「シムズ教授の政策提言」は別物と理解する他はないと筆者は考える。要するに「通貨価値を大きく毀損」しても良いといった覚悟で極端な政策を実行せねば、デフレ経済から脱却し財政再建を実現することは到底無理とシムズ教授は言いたいと筆者は理解する。シムズ理論とシムズ教授の提言の間にはどうも「裏」が有りそうである。


    財政を悪化させることによってむしろ将来の財政状況が良くなるというシムズ理論は、財政再建一辺倒の日本の財務当局や周りの御用学者やマスコミに衝撃を与えている。これに対し「シムズ理論はいい加減な考え」というキャンペーンを彼等は始めたと筆者は見ている。日経新聞にもこの類の批判が掲載されている。その代表が先週号で紹介した「日本国債・・描けぬ出口」と「転機の財政金融政策」の特集である。今週はその中から池尾和人慶大教授の「シムズ理論」批判を取上げる。


    まず池尾教授は、現行の日銀の異次元の金融緩和政策が行き詰っていると指摘する。マネタリーベース(資金供給量)を日銀が責任を持って増加させれば、予想インフレ率が上昇するという論理は池尾教授が言うように破綻状態である。つまり金融政策だけでは予想インフレ率をコントロールできず、リフレ派の主張が無効であることが証明されたと池尾教授は強調する(これに対して一部リフレ派は消費増税がリフレ政策の効果を消し去ったと反論)。

    一方、政府は財政収支を悪化させる手立て(財政支出増や減税)を持っていることで有利であると池尾教授は認めている。つまりシムズ理論に沿った政策によってインフレが起る可能性があるかもしれないと言う。ところがこれはあくまでも可能性であり、実現しないことも有り得ると中途半端である。もしいずれ財政収支の悪化を相殺する措置がとられるという見方がされると予想値は据え置かれたままで(例のポンコツのリカードの中立命題)、何も起らない事態も有ると指摘する。

    逆に財政悪化宣言によって、国債の暴落が起って(特に国債がバブル化している場合)予想値が急速に下方修正され、急激な物価上昇を招くかもしれないと教授は指摘する。これは国債暴落によって金利が急上昇し財政悪化が加速しシムズ理論で想定している以上に予想値が下がることを念頭に置いている。つまり予想値引下げによってインフレが一段と激しくなるという事態を前提にした理屈らしい。しかしこれは中央銀行がハイパーインフレが起っても何もしないという非現実的な想定である。


    いずれにしても池尾教授は、財政政策でインフレ率をコントロールすることは不可能と結論付けている。この論理は、筆者が見かけたシムズ理論批判のほとんどに共通する。つまりシムズ理論に沿った政策はインフレを起こす力が全くないか、あるいはハイパーインフレを招くかのどちらかと決め付ける。

    これらのシムズ理論批判に対する筆者の反論を一つだけ挙げておく。シムズ教授は、中央銀行デフレ脱却するためのインフレターゲット政策は否定するが、インフレ時のインフレターゲット政策(要するに金融引締め政策)は有効と見ていると筆者は解釈している。現実に英国のようにインフレターゲット政策で成功している国はある。残るシムズ理論の最大の課題はどのような手段で「通貨価値を大きく毀損」させるかである。



来週はシムズ教授の提言の「裏」と、日本経済復活の会のシミュレーションに対するサミュエルソンの感想を取上げる。



17/3/20(第931号)「シムズ理論とアベノミクス」
17/3/13(第930号)「アメリカの分断を考える」
17/3/6(第929号)「移民と経済成長」
17/2/27(第928号)「トランプ大統領のパリ協定離脱宣言」
17/2/20(第927号)「トランプ現象の研究」
17/2/13(第926号)「為替管理ルールの話」
17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」
17/1/30(第924号)「そんなに変ではないトランプ大統領」
17/1/16(第923号)「今年の展望と昨年暮れの出来事」
16/12/26(第922号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(まとめ)」
16/12/19(第921号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(モラルハザード他」
16/12/12(第920号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(日銀の独立性他」
16/12/5(第919号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(2))」
16/11/28(第918号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(物価上昇編(1))」
16/11/21(第917号)「ヘリコプターマネーに関するQ&A集(基本編)」
16/11/14(第916号)「トランプ大統領誕生は良かった?」
16/11/7(第915号)「Q&A集作成のための準備」
16/10/31(第914号)「中央銀行に対する観念論者の誤解」
16/10/24(第913号)「落日の構造改革派」
16/10/17(第912号)「ヘリコプター・マネー政策への障害や雑音」
16/10/10(第911号)「事実上のヘリコプター・マネー政策」
16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」


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