経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




16/8/22(904号)
芥川賞受賞作「コンビニ人間」

  • 「半失業者」と「雇用の質」

    休みの間に、読んでなかった雑誌や新聞をまとめ読みした。芥川賞を受賞した村田沙耶香氏の「コンビニ人間」も読んだ。芥川賞受賞作は月間文芸春秋の2月号と9月号に掲載されるが、なんとなく面倒なのでいつもはほとんど読み飛ばしている。ただ今回の受賞作は気になったので読み通した。けっこう面白かったので、今週はこれに関連した話をする。

    ちなみに最近、受賞作で読んだのは昨年夏受賞の又吉直樹氏の「火花」である。これに関しては題名の「火花」は「花火」の方が適当と思った。ただ「花火」にすると芥川竜之介の「舞踏会」という短編小説とどうしてもモチーフが重なることを著者が気にしたのかもしれない(芥川には他にも同じモチーフの作品があるらしい)。ただこれもなかなか面白かった。


    「コンビニ人間」が芥川賞を受賞したように、コンビニで働く人は非常に多くなっている。またコンビニで働く人々と同様の働き方をしている不正規労働者はもの凄く増えている。今日、不正規労働者の割合は3〜4割にもなっていると言われている。さらに今の増え方が続くと、おそらく10年後には不正規労働者が正規労働者を上回ることになる。

    昔から不正規労働者のことを「アルバイト」と呼んでいた。学生や一時的に離職した人が次の職場を見つけるまでの間に行う臨時的な仕事が「アルバイト」であった。当座の収入を得るための手段が「アルバイト」だったので、深刻さはほとんどなかった。しかし今後は一生この「アルバイト」だけで過ごす人が激増しそうである。ところがこの悲惨な状況に対する適切な対策がないのが現状である。


    政府も正規労働者を増やし、なるべく不正規労働者が増えるのを抑えようと対策を色々と行っている。デフレ対策もその一つと考えられる。しかしこれらはほとんど成果を生んでいない。

    一番の問題は、政府だけでなく社会全体がこの問題の深刻さを認識していないことである。まず雇用情勢を見るために使われている統計に問題がある。今日、雇用情勢を見るには完全失業率と有効求人倍率が使われている。しかしこれだけ不正規労働者の割合が増えては、完全失業率や有効求人倍率で現実の雇用情勢を見るとむしろ誤解を生む。かなりの人々が不本意ながら不正規労働に就いているからである。


    不本意ながら不正規労働に就いていると、求職活動をしない限り失業者とは見なされない。しかし正規労働の働き口は狭き門になっていて、事実上、多くの人々がこのような職を求めることをあきらめている。不正規労働者のかなりの割合をこのあきらめ組、つまり「半失業者」と見なす必要があると思われる。この「半失業者」は完全失業率には反映されない。米FRBのイエレン議長も「米国の雇用実態は失業率の数字だけでは分らない。雇用の質が問題になっている。」とまともなことを言っている。

    「半失業者」の問題は昔からあった。03/3/3(第287号)「軽視される高橋是清の偉業」04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」で取上げた昭和恐慌の時の帰農者の問題がこれに当る。当時の国会でもこの帰農者を失業者とみなすかどうかで議論が起った。実際のところ今の完全失業率や有効求人倍率で分るのは傾向だけである。たしかに安倍政権でこれらの数字は多少改善している。しかしこれさえ経済が回復したからなのか、あるいは単に団塊の世代が引退したからなのか判然としない。とにかく「半失業者」がまた問題になり始めたのである。

    ところが日経新聞には、完全失業率の数字を取上げ「日本は完全雇用に達した」「もはやデフレを脱却した」といった馬鹿げたことを言っているエコノミストの発言が頻繁に掲載される。日経新聞はここまで「アホ」になったのかと思われる。これからの本当の日本の労働問題は「雇用の質」である。


  • 避けられない「国民一律の年金制度」

    不正規労働者と正規労働者の間では収入の面で歴然とした「差」がある。特に日本ではこの「差」が極端に大きい。ところが世間はこのことにあまり触れたがらない。むしろ「最低賃金が上がり中小企業は大変」とか「人材派遣では時給が2,000円以上のところもある」といった話になってしまう。

    まずこの「差」を考えるには、この「差」がどの程度なのかを示す客観的な数字が必要と筆者は考える。そこで簡単に正規労働者の年収を600万円として、時給を算出してみる。しかしこの600万円は直接的な収入であり、正規労働者の総年収はこれに法定福利費の事業者負担分や退職金などを加える必要がある。これらを含めると年収600万円の正規労働者の総年収は900〜1,000万円程度になる。

    日本の平均年間労働時間は1,800〜2,000時間である。したがって総年収を平均年間労働時間で割り返すと、正規労働者の時給は4,500〜5,500円程度になる。つまり時給1,000円のアルバイトとか時給2,000円の派遣労働なんて、これを見ればいかに安いかが分る(タダみたいなもの)。逆に本当に安いから事業者は、アルバイトや派遣労働者を増やしているのである。不正規労働者の問題を考える場合には、この絶対的な収入の格差を認識しておく必要がある。そしてこの低収入の不正規労働者の就労割合が5割を越えるという深刻な事態が迫っているのである。


    筆者は、どれだけ日本経済が好転しても不正規労働者の就労割合が増える動きは止まらないと見ている。たしかにアベノミクスが大成功を収めれば、多少この動きに歯止めが掛ることも考えられる。しかし不正規労働者と正規労働者との間に収入の面でこれだけの「差」が厳然とある限り、この流れはなかなか変らないと筆者は考える。

    また企業での仕事のやり方も大きく変化している。電算化やアウトソーシングなどによって、単純な事務作業はほとんどなくなっている。例えば昔10人くらい働いていた鉄道の駅なども、今は職員が一人か二人に減っていて、場合によっては無人駅となっている。このように不正規労働者が増えていると同時に、正規労働者の職場が狭まっているという現実がある。


    不正規労働者に問題があることは事実であるが、急激に表面化するものではないので深刻には受止められていない。しかしこれはいわゆる「スローパニック」の一つと筆者は認識している。この問題は段々と深刻さを増しており、直にでも対策を始める必要があると筆者は考える。

    筆者は、この問題の解決は単純に正規労働者を増やし不正規労働者を減らせば良いということにはならないと見ている(実際、現実を見てもこれは無理)。むしろ不正規労働者の就労割合が増え続けることを前提にした政策に移行する他はないと考える。まず不正規労働者であっても、正規労働者に近い収入を得られるような施策を講じる必要があると筆者は考える。


    まず最低賃金の引上げはこれに有効である。しかし今日のように時給で年に10円や20円の引上げならほとんど効果はない。日本の不正規労働者と正規労働者の間の賃金格差の大きさを考えると、もっと大胆な引上げが必要である。

    不正規労働者は正規労働者と違い、雇い主の意思で簡単に「クビ」に出来る。つまり雇い主にとって都合の良い存在である。ところが都合の良い不正規労働者の方が信じられないくらい人件費の負担が軽いのである。このことは明らかに経済原則に反する現象と言える。しかし日本ではこのような経済原則に反することが惰性で長く続いて来たと筆者は感じる。

    また不正規労働者の所得を上げるには、一時的であっても外国労働者の制限も厳しくするべきである。村田沙耶香氏の「コンビニ人間」にも留学生のアルバイトの話が出ている。ところが「単純労働の賃金は国際的な競争で決まる」とうそぶく役立たずの経済学者のもっともらしいセリフがある。しかしそこだけに競争原理を持出せば、日本経済の全体を見れば決定的な不公平が生まれるに決まっている(一方には価格競争のない職種に就いている者が多数いる)。

    また一生不正規労働者で過ごす者が飛躍的に増えるとしたなら、年金などの社会保障制度も大きく変える必要がある。筆者はこれを考慮し「国民一律の年金制度の創設」を唱えてきたのである(決しておもいつきではない)。財源はどうしてもヘリコプターマネーの類になると筆者は考える。筆者は、この年金制度の創設は避けては通れないと思っている。安倍政権は低額年金者に対して年6万円の支給を考えているが、将来、これが「国民一律の年金制度」に発展すると見ている。



来週は、日経新聞に連載された「国債」というシリーズものを取上げる。



16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
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15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
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15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
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15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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